お金と幸せ
人はお金があればあるほど幸せなのか?
お金が無くても幸せという人はいる。
人類とは難しい生き物だと感じる所長です。
今回は「お金と幸せ」に関する考察と個人的な考えです。
研究から見る「お金と幸せ」
お金に困ったことがある人や借金をしたことがある人なら、ギャンブルや宝くじで一攫千金を夢みた人は多いのではないでしょうか。
人間という生き物は生活が一定水準に達するまでは、純粋な「幸福感」を得る余裕はなく常にネガティブな感情を抱きがちになるそうです。
これは収入的に生活が厳しかった20代前半の頃を思い出します。
お金とは「モノ」を購入することや、「コト」への対価として支払われることで使用されています。
しかし、お金で「幸せ」を得るために使えるとしたらどうだろうか?
どれほどの所得があれば「幸せ」を買うことができるのだろうか?
その額に上限はあるのだろうか?
お金で買える幸せには限度があるらしい
ここでは2つの研究結果を紹介する。
2018年に学術誌「Nature Human Behavior」で発表された「年収と幸福に関する研究」
ノーベル経済学賞受賞者である心理学者ダニエル・カーネマン教授らによって発表された「お金があれば幸福が買える─ある程度までは」
一般的にお金が少なすぎると衣食住が満たされていたとしても生活満足度が低くなり、「幸福度」が下がってしまうという前提に基づいている。
これらの研究では、幸福と所得は比例しないことが明らかになった。
一定の所得を超えると得られる「幸福度」は頭打ちになってしまう。
学術誌「Nature Human Behavior」で発表された研究では、更に所得が増えると「幸福度」はむしろ下がってしまうこともあると述べられている。
お金で買える「幸福」には限度があり、お金があり過ぎる事は逆に「幸福度」を下げてしまう事がある、ということが研究によって明らかになっている。
この2つの研究では、世論調査などを手掛けるギャラップがデータを提供しているようだ。
学術誌「Nature Human Behavior」で発表された研究では、2005〜2016年まで165カ国で「個人収入と幸せ」について調査した。
この調査によれば、日本を含む東アジアの「所得と幸福」のピークは約660万円(*1)で有ることがわかった。
心理学者ダニエル・カーネマン教授らが発表した研究では、「Gallup-Healthways健康指数」を分析した。
この調査によれば、「所得と幸福」のピークは約825万円(*1)で有ることがわかった。
この2つの研究と今の日本に当てはめると、日本での「所得と幸福」のピークは約700〜800万円ということになるでしょう。
日本は経済成長していないが、世界は経済成長している。
輸入品の値段は世界の経済成長によって上がっていることでしょう。
総合的に考えると700〜800万円ではないかという見解だ。
収入のもたらす幸福
1つ目は、ストレス・怒り・不安など、ネガティブな感情がわかなくなる年収についてだ。
日本を含む東アジアでは約550万円(*1)で頭打ちになるようだと、学術誌「Nature Human Behavior」で発表された研究では述べられている。
一方、所得がこの額を超えてもネガティブな感情は減少することはなかった。
この研究から年収550万円〜700万円で感情的安定を得られることを意味しているのではないだろうか。
2つ目は、個人の認知的評価を含む人生における満足度を反映した年収だ。
これは他人からの評価が個人へあたえる「幸せ」の認知的評価も含む。
日本を含む東アジアでは、1,210万円(*1)となっており、感情的安定をもたらす年収と比べると、遥かに高い水準となっていることがわかる。
ある程度見えを張り、世間的に言う「いい暮らし」をするには、1,210万円(*1)という高年収が必要であるということだろう。
*1: 1米ドル=110円換算
お金で買える幸せ、お金で買えない幸せ
「お金で買えない価値がある、買えるものはマスターカードで」
というキャッチコピーがある。
値段が付けられないほど貴重でかけがえのないものが、人生には多くあるということを意味する。
「プライスレス」とはこのことである。
お金で買える幸せ
まずは、衣食住や医療など最低限の生活や精神的安定は買うことができる。
逆に言えば、これを満たせなくなると人は「幸福」を感じることができなくなるということだ。
基本的な生活を満たしてしまえば、お金で幸せが買えるかどうかは、「何にお金を使うか」にかかっていると言っても過言ではない。
「体験」につかうか、「モノ」に使うかは人それぞれだろう。
2014年の研究によると、体験にお金をかけることは物質的なものにお金をかけるよりも幸せになるという事が裏付けられている。
この研究によると、「体験」が人を幸せにする理由は、「体験」が社会的な関係を深め、自身のアイデンティティを確立し、他人と比較されることが少ないからだと述べられている。
お金で買えない幸せ
お金で買えない幸せの代表といえば、純粋な友情・家族や恋人との思い出などではないでしょうか。
絶対にお金では買えないものがあります。
それは自分の人生の「時間」です。
誰かの人生を買取り、200年の人生を生きるとかは人間にはできません。
時間を買うことができないということは、時間をかけて習得する技能など教えを請うことはできても、技能そのものを買うことはできません。
お金で買えない幸せとは、人生の時間をかけて習得することや体験することで得られる幸せではないでしょうか。
「比較」に影響される主観的な幸福度
人というのは他人と自分を比較することが大好きな生き物です。
「俺はこの人よりここが優れてる」とか「俺はこの人にここが負けている」とか自分と誰かを比較し、見栄など精神的優位に立とうと躍起になっていますね。
この「誰かと比較する」という行為は幸福度を下げてしまいます。
例えば、幸福度がピークの年収を超え年収1,000万円に到達したとしましょう。
年収1,000万円の人にはその年収に見合った人付き合いというものがあります。
様々な高年収の人たちはレクサスだベンツだBMWだなどと、上には上がいるのです。
ZOZOの前澤さんなどいい例です。
年収1,000万円の人がZOZOの前澤さんと「比較」したら惨めになるだけでしょう。
ZOZOの前澤さんと比較したら、年収1億円の人すら「俺はなんて貧乏なんだ」と思ってしまうかもしれません。
このように自分と他人を「比較」することほど意味がなく、幸福度を下げる行為はありません。
人は他人と比較することで見栄や世間体を気にするほど幸福度が下がっていきます。
必要以上に年収を上げるよりも、見栄を張らないことや世間体を気にしないなどメンタル的な技術を身に着けたほうが、本質的な幸福に近づけるということである。
まとめ
- 収入に対する幸福のピークは年収700〜800万円
- お金は「モノ」に使うより「体験」を買うほうが、幸福度は高い
- お金では買えない幸せというのはもちろん存在している
- 人と比較することほど不幸な人生になる
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